奥州藤原氏が大航海時代の切っ掛けを作った!?

極東のしかも滅んだ一族が、西洋の大航海時代の幕を開けたとしたら...

切っ掛けはマルコ・ポーロの東方見聞録


マルコ・ポーロの生い立ち

マルコ・ポーロの伝えた東方見聞録やプレスタージョンが大航海時代の幕開けとなります。
さてこのマルコ・ポーロとはどのような人物だったのでしょうか?
マルコ・ポーロはイタリアの代々続く商人の家に生まれました。父、叔父が商人で、彼らはイタリアから中国等のアジアとの間で商売をしていたようです。
彼らは当時の中東の戦乱を割けるためにヨーロッパを離れる事になります。そして東アジアへ旅立ったと言われています。そこで、彼はクビライ(フビライ)・ハーンと接見をする機械を得ます。
さて、当時クビライはキリスト教に興味を持ちローマ法王と連絡を取る為に、マルコの父親たちに手紙を託します。そして彼らはヨーロッパへと戻り始めてマルコ・ポーロと父親は対面することになるのです。
この父親が留守の間に母親はなくなりマルコ・ポーロは叔母に育てられることとなったそうですが、どれほど寂しかったのでしょうか。


そして商人へと

そしてマルコ・ポーロは父らとともに東アジアへと旅に出るのです。ローマ法王の手紙の結果報告(クビライの望みは叶えられなかったですが)をするとクビライを特に気に入り、彼は東アジアの情報を手に入れることが出来る外交官の地位に付くことになります。
この間にクビライの好奇心を満たすために各地を回り珍しい話を集める事となります。マルコ・ポーロは各地をめぐり、厳しい自然と戦いながらも珍しい食事を楽しみ、様々な人と出会い、時には強盗などの危険と隣り合わせの生活だったのでしょう。そしてだれよりも深い知識を身につけて言ったのです。非常に人間臭く人生の楽しみを知っているそんな人物が思い浮かばないでしょうか?
このような生活を17年も続け、その後再びヨーロッパに帰国します。


故郷へ戻り東方見聞録が出来るまで

長く離れていた故郷に帰ったマルコ・ポーロを待っていたのは幸せな懐かしい生活ではなく、ヴェネツィアとジェノバの海戦での捕虜という運命でした。
彼は捕虜生活で東アジアの生活を回りに話したそうです。生活様式が根本的に違うこのめずらしい話を捕虜仲間がその後本にして「東方見聞録」は世に出ることになります。
この東方見聞録には有名な「黄金の国ジパング」の事がかかれていました。さて当時は世界地図はほとんど不明な時代でした。海には怪物がいる、水平線の向こうは滝になっている、等が当たり前に話されていた時代です。海の向こうに黄金の国があるという話は世の人々の心を冒険へと繰り出させました。そして大航海時代の幕開けとなります。


奥州藤原氏と黄金の国ジパング


奥州藤原氏とは

義務教育の範囲内ではほとんど出てきませんが、源義経が金売り吉次に連れられて少年時代をすごし、また義経の晩年実兄の源頼朝に追われ最終的に死に場所として選んだのが奥州、そこを治めていたのが奥州藤原氏という辺りが一般的な理解ではないでしょうか。
ですので、まずは簡単に奥州藤原氏の興りから説明しましょう。


奥州は現在の東北地方と大体考えていただいて構わないと思います。
元々奥州は安倍氏、清原氏という一族が治めていましたが、前九年の役、後三年の役を経て藤原氏が治める事になります。
ここで歴史的に特筆すべきは、2つあります。1つは、これら2つの役に関わり源氏は関東進出を果たすこととなります。
もう1つは、これらの3氏(安倍氏、清原氏、奥州藤原氏)は俘囚(ふしゅう)と呼ばれる蝦夷の血を引いている事です。つまりは弥生時代やさらにその前の時代から続く一族ということです。


奥州藤原氏の特徴は奥州馬と金と言われています。ともに軍事力に直結しますが、今回の主役は金です。
ちなみに金と言ってもこの当時の金は砂金です。鉱山を発掘して大量に金銀銅をとるようになるのはもっと時代が下ります。
金が豊富だった証拠は今も残る中尊寺金色堂です。金色堂はお寺ですがお堂1つが金でお堂の内外が金箔が張られています。この金を背景に奥州12万騎とも言われる軍事力を誇っていたのです。
この金色堂が黄金の国ジパングの元となったのです。


マルコ・ポーロが金色堂を知ることができた理由

奥州藤原氏は既に書いたとおり蝦夷の末裔ですが、その一方名字から想像出来るように、藤原(中臣)鎌足を始祖とする藤原氏の一族でもあります。また中央(京都)への貢ぎ物を欠かさず、朝廷からの信頼が厚かったようです。
これらを背景に独自に北宋や沿海州との貿易を行っていたようで、平泉は平安京に次ぐ日本第二の都市へと成長することとなります。
奥州藤原氏の話が大体12世紀ぐらい、 東方見聞録が書かれたのは13世紀初頭あたりです。 重要なのはこの独自に行っていた貿易です。貿易は人の行き来を促します。外交官だったマルコ・ポーロが多少の時間差があっても、金色堂の話を知ることは不思議ではありません。


そして大航海時代へと

そして大航海時代の幕開けとなります。造船技術の進歩、世界地図が埋められていき、科学の発展、最終的にはアフリカ、アジア、アメリカ大陸への侵略が行われて、近代国家とつながります。
極東の日本で滅んだ古い血を引く一族が作った地方都市のほんの1つのお堂が大航海時代を作り近代国家の発展へとつながる切っ掛けとなったのです。
いかがでしたか、歴史って面白いと思いませんか?