日本史を理解するポイント

ポイントさえ抑えれば歴史の理解は楽になります。
日本は島国というのが影響して長い単一の歴史を持ちますので、基本的には一本道でストーリを追えます


ポイント1:日本史は天皇家と律令が中心


天皇家

長い歴史の中では、天皇家は実際にはほとんど力を持っていませんでした。それでもやはり日本史においては天皇家が基本となるのです。これは良し悪しの問題ではありません。


例えば、戦国時代には各大名達は天下統一を目標とし、京都を目指しました。これは日本を治めるにはその名目が必要となり、それを行えるのは天皇だけだからです。


律令

律令とは簡単に言えば現在の法律です。日本最初の本格的な律令は大宝律令(8世紀初頭)です。そしてその後に続く、養老律令(757年)があります。その後も細かい修正はありますし、実質形骸化しましたが、この律令は明治維新まで存続しました。その間約1100年以上続いています。そしてこの律令に従って日本の歴史は動いていきます。


天皇は律令の上の存在だった

律令を発行するのは形の上だけかもしれませんが、天皇は律令の上、若しくは同等の存在なのです。そしてその下に日本という土地やそこに住む人がいるのです。


例えば、姓名にもこれらの考え方は影響しています。現代でも天皇家の人には姓や名字等の家を表す部分(family name)はありません。個人を表す名前(first name)だけです。


もちろん形骸化しているとはいえこれらの状況を当時の為政者が嬉しくないはずがありません。だからこそこの状況を改善するために色々行動してきました。織田信長が当時の天皇家を相手にしなかったり、徳川家康が禁中並公家諸法度を制定したり、....。
しかし、結局の所太平洋戦争終結後を待たなくてはありません。そしてその後の現在でも天皇家は存続し続け何らかの形で影響を与え続けているのです。
別にこれが良いとも悪いと言っているのではありません。ただ歴史的事実なのです。そしてこの部分を押さえておけば、歴史の動きが分かりやすくなるのです。


ポイント2:日本は島国

分かりきっている事ではありますがこれこそが日本の歴史に大きな影響を持つのです


日本列島の成り立ちが日本史の教科書の最初にある訳

これは地理的な問題です。この地理的な問題が日本を世界でも独自の国に進化させました。
歴史の教科書の最初には必ず日本列島の成り立ちが書かれていると思います。これを不思議に思った事はないでしょうか?本来ならこれは地学の問題であり分野が違う話です。
それでもこれが教科書の最初にあるのはこの条件こそが日本史において非常に重要な意味を持つからです。


日本にとっての世界とは

近代国家以前の日本にとっておの世界とは、近くには朝鮮半島があり、さらに中国という世界の中心となる国があるといった程度です。あとはせいぜい仏教の影響からその向こうのインドやその他の東南アジア程度でしょうか。
国同士の戦争もほとんどありません。むしろ文化的な影響の方が大きいぐらいでした。
奈良や京都といった都市計画には中国を参考にし、律令制度も中国を参考に、武士の嗜みには論語やその他の漢文が中心といった具合です。


日本は世界で現存するもっとも長い歴史を持つ国

日本はかなり特殊な国です。天皇家は世界でもっとも長い歴史を持つ王朝です。そして同時に1つの国としてはもっとも長い歴史を持つ国でもあります。
これは日本が島国という事と密接に関わりがあります。近代になるまでは戦争は人が直接行い、移動手段は馬と船がせいぜいです。近代のように飛行機があるわけではありません。直接人が移動して戦争をすることになります。
当然移動にはコストがかかります。このコストこそが日本をもっとも長い歴史を持つ国にしたのです。
そして、島の動植物が独自の進化をするように、日本文化も独自の発展を遂げます。日本が島国だというのは歴史を語る上で非常に重要なのです。
だからこそ歴史の教科書の最初には地理の問題のはずの日本列島についての話が出てくるのです。


ポイント3:大まかに時代を分けてイメージする

大雑把でよいので簡単に各時代のイメージを把握しておきましょう。
ここさえ把握しておけば時代の流れが理解できるはずです。


原始時代

原始時代、かなり誤解を生む言い方ですが、大雑把な把握のために良い言葉が浮かびませんでした。時代としては、日本に人が住み始めてから弥生時代あたりまでと考えてください。


文字がないために当時の社会状況がほとんど分からない時代です。どういう言葉を使っていたか、どんな名前をしていたのか、当時の人達は何を考えていたのか、さっぱり分かりません。もちろん発掘作業によりどのような食事をしていたのか、どんな家に住んでいたのかはわかりますが、精々その程度しか分からないのです。
もちろん近年の発掘によって当時のイメージはかなり変わってきていますが、それでも理解できる範囲には限りがあります。重要な時代ではありますが、まだまだ分からない時代でもあります。歴史を勉強するにはかなり省かれる時代でもあります。
ただ、残念ながらよほど専門的にならない限り、学校の授業でも歴史ファンの間でさえも出てくることはないでしょう。 この時代で忘れがちなのはその長さだと思います。なんとこの時代以降から現代までよりも長いのです。この時間の長さの感覚が非常に大事です。


国家作りの時代

大まかな時代で言えば、邪馬台国、古墳時代~平安時代初期ぐらいまで。


日本という国とその背骨にあたる、天皇家と律令が作られる時代です。現代でも組織作りは非常に大変な作業です。その組織という枠で一番大きなものが国かもしれません。だからこそ、私たちの先祖は大変な努力を行ってきました。
時々ですが近年ニュースに出るのが邪馬台国のニュースです。日本の原型がいつ頃できたかは不明ですが、その原型がもしかしたら邪馬台国が関係しているかも知れないのです。
聖徳太子が行った冠位12階や十七条憲法を作ったのも国のルールを定めようという意図ですし、時代が進むと大宝律令に組み込まれるのです。


時代時代によって人々の努力は様々ですが、これらは最終的に平安時代になり律令制度になり、そこで一応の完成となります。つまり、この律令制度というゴールに向かっての歴史なのです。


律令制下の平和な時代と武士の興り

時代は平安時代。この時代は国という組織が律令制度によって一応の完成となり、安定した時代における独自の文化が発展します


しかし、安定ということは階級も固定化され階級の下の人々は不満をもち、そして見えない所で武士が興り力をつけていくのです。
この後の時代には武士はその後天皇や貴族から権力を力で奪い取り武士中心の世界になりますが、その下地が作られる時代なのです。


また、この平和な時代に作られていく文化も忘れてはなりません。
国を問わず、どの時代でも平和になると戦争に使われる時間が少なくなり時間ができますので(つまりヒマになる)、独自の文化が発展します。
例えば、それまで漢文だけだった世界にひらがな、カタカナが作られ女性でも文章を書く事が珍しくなくなります。そして作られるのが、紫式部の源氏物語等に代表される文学です。これらは現在でも世界中で翻訳され読まれています。


武士が権力を持つ時代、そして戦乱の時代へ

時代は平安時代末期〜室町時代まで。この時代はだんだん武士が力をつけ天皇や貴族が力を失っていきます。


そして、武士が権力を持ち国を再構築していきます。鎌倉幕府や室町幕府は治める人が変わりますが歴史という流れで見ると、国を治めるのにはどのような方法が良いかを模索している時代です。
しかしそれでも結局うまく行かず、最終的には戦国時代へと突入していきます。


もちろん、天皇家や貴族達も指をくわえて黙っていた訳ではありません。力を取り戻したいその思いが鎌倉時代の後に来る、南北朝時代です。しかしこれらの努力も結局天皇家を分裂させ時代を混乱させて結局室町幕府が出来上がります。この一連のながれで天皇家の役割がほぼ決まります。結局のところ律令と同等かそれ以上の存在だけど、権力者にはなれず、せいぜい官位を与えるだけの存在となります。現代の天皇は日本の象徴となっていますが、それとそう変わりのない状態です。


争いは何も生まないか、というとそうではありません。平和は豊かな文化を育みますが、争いは様々な主に科学方面の技術が発達していく傾向があります。ヒトラーは様々な問題のある行動をとりましたが、その反面ロケットの基本技術を生んだように、この時代も様々な技術を生んでいきます。日本刀の発達やそれに伴う鍛冶や金属加工技術、築城の発達に伴う建築技術の向上等。
他には裁判などの政治的な制度が発達もします。たとえば、鎌倉時代には始めて女性が訴訟を起こし勝訴するという裁判も発生したりします。


また、仏教が発達し一般へと広まるのもこの時代です。争いが多くなると亡くなる方も増え人々はその辛さから宗教に救いを求めます。仏教はそれまで貴族等のごく一部の人たちのものでしたが、この時代になると一般に広まり、そして需要が増えると、変化もします。現在ある仏教の宗派は色々ありますがその基礎はこの時代に出来上がります。


戦乱の時代から長い平和の時代へ

時代は室町時代末期から戦国時代、そして江戸時代成立までです。
この時代はそれまでの権力者の作った矛盾や問題のつけで世の中が混乱し、長い争いの末に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康をへて日本が統一されていきます。


戦乱の時代ですので、当然ながら武器や戦術が発達します。この時代の日本は当時世界的にトップクラスの軍事国家となります。現代に残る武道の原型もこの時代に生まれる事になります。剣道の原型の剣術、柔道の原型の柔術等。


この時代までは政治は古くは奈良、そして長い間京都が中心でした。しかし戦乱が日本全国に及ぶと、各地方の大名が力をつけ、そして各地方が発達していきます。国力をつける為の、農業の効率化や治水技術の発達、新たな鉱山を開き、武器の大量生産が行われます。こうして産業を発達させ町が大きくなり、地方が発達していくのです。
現在の日本全国の町の基礎やイメージはこの時代の影響はかなり大きいと思います。


戦乱の時代が終了し、長い平和の時代

時代は江戸時代に入ります。100年以上に渡る長い戦乱の時代が終わり265年間もの長い平和の時代になります。長い国という組織構成の模索の結果、一応の解決がされたと言える時代です。
争いの時代による立身出世はできなくなり身分階級は固定化されますが、その代わりの長い平和の時代です、多くの人が無念の内に死んでいく時代ではないのです。


平和な時代は豊かな文化を生みます。音楽やそれに伴う楽器の発達、俳句などの新たな文学が生まれ、歌舞伎などの演劇が発達しました、当然ファッションも発達します。他には吉原に代表される色町も発展していきます。
また、それらは新しい職業をうみ交通が発達し経済が回っていきます。
そしてお金を持てば、長生きしたくなり医学も発達します。西洋に比べたら非常にレベルは低いですが...。
それでも江戸の町は当時世界一と言われる人口を誇る町へと成長します。世界でも類を見ないエコな町でもありました。ものをとことんまで再利用し自然が多く、その反面神田山を崩して町を拡張もしています。また大阪とならび水の都でもありました。運搬には水路を利用します。


現在から見ても参考にすべき所が多い時代でもありますが、変化が少ないと濁りも多くなります。この時代は差別が進み、長い鬱憤は明治維新を加速させた一因にもなりました。


古い時代から近代国家へ

時代は明治維新から現代までです。江戸時代まではあくまでも古い時代からの日本という国を模索しながら作ってきた時代です。しかし明治維新からは西洋文化が入ってきて、国のあり方から文化まで根本から変わった時代です。
そして、根底が変われば再度模索の時代です。その結果、日本は本当の世界を見、世界と渡り合う事になります。その結果が経済的な対決であり、戦争でもありました。
最終的に日本は太平洋戦争で負ける事になり、現代へと続くのです。


まとめ

かなり長くなりましたがこれでひとまず日本の歴史の流れが見えてきたでしょうか?この時代の流れさえ押さえておけば、この時代は全体としてのゴールはどこでその流れの中で何をしているかが把握しやすくなると思います。